第11回 兄と写生に出かけた話
なにしろひきこもり歴32年の兄なので、兄とはほとんど言葉を交わしたことがないのだが、その中で数少ない思い出について書いてみたい。
兄が中学2年の夏休み、二人で写生に出かけた。兄が絵の具の道具を自転車に乗せて出ていこうとしていたのを見つけて俺も行くとせがみ、兄は当然いやがったが、母が「つれてってあげてよ」と言ったらしぶしぶ俺を後ろに乗せてくれた。兄は母の言うことは意外と聞く。
近所の川まで行き、さっそく描き始める。川が流れていて右手に橋がかかっていて、川の向こうに田んぼが広がりそのまた向こうに山並みと空が続く、そんななんでもない夏の風景。
二点透視がわかっていないとうまく描けない構図だが、兄の描く絵は抜群に上手く、俺は実際の風景はあまり見ずに兄の絵をまねして描いていたような気がする。だが俺はまだ橋も橋桁も正面から見たようにしか描けず、かなり前衛的な構図の絵になっていたのではないかと思う。
そろそろ帰ろうかという頃、川底に転がっていたやや大きめの石が目に留まり、それをなぜか赤い色で描いてしまった。石が見えたという印をつけたかったのか、パレットに赤い絵の具しか残っていなかったのか、自分でもよくわからない。
帰宅後、台所で母も交えて品評会となった。やはり赤い色で描かれたものの話になり、兄に「これ何? コイ? フナ?」と聞かれ、俺が「いし」と答えたら二人に大笑いされたのだが、なぜか楽しかった思い出として記憶に残っている。
もうひとつ兄と出かけた思い出があった。兄が高一、俺が小一の秋頃。実はこの年からあることがきっかけで兄とほとんどしゃべれなくなっていたのだが(このことについてもいずれ書く)、地元のプラネタリウムに行きたくて、兄に連れていってもらった。もちろん兄はいやがるのだが、母に「つれてってあげてよ」と言われてしぶしぶ連れて行ってくれた。8歳下の弟から見て怖い兄だったが、いい兄だったかもしれない。
過去回はこちらから
第10回「トランジスタラジオ」
第9回「母の介護と義父の介護」
第8回「調子に乗った話」
第7回「ドラえもんを求めて」
第6回「名ヶ山小学校」
第5回「主な登場人物の紹介」
第4回「母の趣味」
第3回「兄の近況」
第2回「大橋史信さん」
第1回「ごあいさつ」